2016.07.04 ( Mon )

フードロスと高級スイーツ 「MOTTAINAI」に込められた意味を知ろう


ケーキ

日本では年間1700万トンもの食品が廃棄されています(平成22年農林水産省推計)。

実際には2000万トンとも2700万トンともいわれており、このうち少なくとも500~800万トンは食べられるのに捨てられている、いわゆる「フードロス」です。

 

この量は日本のコメ生産量に相当し、ODAで援助しているナミビア、リベリア、コンゴ3か国への食糧の仕向け量にも匹敵します。

日本の食糧自給率はおよそ40%、輸入食料は5500万トンにものぼりますが、驚いたことにそのうちの3分の1が捨てられているのが現実です。

 

これからある大学生がアルバイト先で感じたことをご紹介します。

どのようにお感じになるかは、ひとそれぞれでしょう。

しかし、先進国の中でもっとも食糧自給率が低いのに、捨てる量は世界で1~2を争う日本。

ワーキングプアや貧困層がじわりと広がる中で、誰しもこの問題について他人事、無関心ではいられないはずです。

 

まだ食べられるケーキを捨てる罪悪感

 

自分がアルバイトをしているケーキ屋は、池袋の大型商業施設のデザート売り場の中にあります。

結構な有名店で、地方や遠くからわざわざ買いに来るファンも居る、そこそこ有名なお店です。

 

商品としては、500円前後のカットケーキから、4000円くらいのホールケーキまで種類も豊富で、1日当たり1000個から2000個程度をコンスタントに販売しています。

 

商業施設の中は対面の売り場しかないので、製造工場から毎日2回、できたての商品が届きます。

そのケーキをショーケースとバックヤードの冷蔵庫に保管して販売しています。

 

そんなお店で自分がアルバイトを始めてから、いろんな出会いや発見などがあったのですが、その中で一番最初に驚いたのが閉店後の廃棄の作業のことでした。

 

スーパーなどでは閉店間際になるとお弁当やお総菜が半額になって販売されることが多いのですが、自分の店ではこういった値引きを一切行いません。

500円のケーキは、たとえ売れ残っていようとも最後の最後まで500円のままで販売されるのです。

 

自分で言うのも変な話かもしれませんが、自分のお店のケーキは正直世界一美味しいと自慢できます。

同じケーキでも季節ごとに微妙にクリームの甘さやフルーツの種類を変えていて、いつ食べても何度食べても飽きさせません。

 

そんな大好きなケーキを、毎日閉店時間になると、余った分をすべて廃棄してしまうのです。

なんだかとても悪いことをしている気になってしまって、最初のうちはこの廃棄作業がとても嫌いでした。

 

だいたい毎日ショーケースの中に残った50個程度を廃棄するのですが、廃棄するのはそれだけではありません。

バースデー用のホールケーキの場合などは売れる量が予測しづらいこともあって、ショーケースに並ぶこともなく冷蔵庫に保管された状態からそのまま10個とかが捨てられてしまいます。

 

職人さんが丹精込めて作ってくれたのが分かるような素敵なホールケーキを、冷蔵庫のから取り出して、きれいなラッピング箱から出してそのまま中身だけをゴミ袋に次々に入れていきます。

その瞬間、ちょっとだけ泣きそうになります。

 

―食品会社やレストランなどの事業系廃棄食品は、全体で2000万トン近く排出されますが、1000万トン以上は肥料や飼料に転用されるので、実際のフードロスは300~400万トンと考えられています。

これらのほとんどは規格外として販売されなかったもの、返品、売れ残り、そして食べ残しです。
 
日本のもったいない事情
日本のフードロスの大きさ
 

農林水産省 食品ロス削減に向けて
http://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/syoku_loss/pdf/0902shokurosu.pdf

 

2009年にセブンイレブン・ジャパンが消費期限の迫った弁当類を値引き販売した一部の店舗に契約解除をにおわせる圧力をかけ、公正取引委員会から独占禁止法違反で排除命令を受けました。

 

値引き販売についてコンビニチェーン側では、コンビニはスーパーと違って閉店時間がないので値引きの機会がない、あるいは、適正な利益を求める店舗オーナーの判断によるもの、としているようですが、このような理由で店舗あたり1日に数十個もの弁当が捨てられているのです。

 

現在、日本には約5万軒のコンビニがあるので、弁当だけでも毎日100万食以上が捨てられている計算になります。

 

ケーキは嗜好品だから捨ててもいい?

 

「もしスーパーと同じように閉店間際に少しでも値引きをしたら売れ残りを減らせるのではないですか?」そんな考えを正直に店長に聞いたことがあります。

 

それというのも、「もう少し安かったらいっぱい買ってあげられるのにね」とよく買いに来る時に声をかけてくれるおばあちゃんや、迷った挙句に財布と相談して明らかに予算内でお土産を買って帰ろうとするサラリーマンの人の素振りを見たりしているからでした。

 

その時の店長から私への言葉はとても印象的で、いまだに心に残っています。

 

「ケーキって食べなきゃ死んじゃうものなの?食料品じゃなくて嗜好品だと思うよ。嗜好品なんだからケーキそのものを売っているんじゃなくて、そのケーキに関係する夢とか空間全体を一緒に売っているものなんだよ。」

 

この店長の言葉を聞いて、それまで自分には無い発想を気付かせてもらったのです。

大げさかもしれませんが、おそらく「このアルバイトで」「この現場で」「この店長に会わなければ」一生自分の中では生まれない考え方に出会えたのです。

 

―その昔、フランスのとある王妃が貧困でパンが食べられない農民に対して「(パンがなければ)ケーキを食べればいいじゃない」と言ったという逸話があります。

 

王妃にとってはごく普通の食べ物であるケーキが、農民にとっては手の届かない嗜好品であるのは事実です。

しかしデパ地下で売られているケーキのお客様は王妃ではありません。

 

店長の「ケーキって食べなきゃ死んじゃうものなの?食料品じゃなくて嗜好品だと思うよ。」という言葉は、「うちのケーキはぜいたく品だから。貧乏人が無理して買わなくてもいいの。」と言っているいように聞こえてなりません。

 

それはさておき、財布と相談しながらケーキを選ぶお客様が廃棄の事実を知ったらどう思うでしょうか。

売る側としては、もちろん廃棄する分のコストも販売価格に転嫁しているはずです。

 

お客様が「自分は捨てる分のケーキの代金も払っているのか」と知ったら、そしてなによりも「自分へのごほうび」や「大切な人へのおみやげ」が裏では大量に廃棄されていると知ったら…

 

嗜好品といえども、食べ物は食べるためにあるのです。

特別な時に食べるものだから

誕生日ケーキ

店長は自分に逆に質問をしてきました。「○○さんは、ケーキってどんな時に食べるの?」

 

自分が答えられないでいると、店長が自分の考え方を教えてくれました。

「何かの記念日、特別の日に食べるんだよね。ちょっと疲れた時に自分へのご褒美ってこともあるだろうけど、それだって特別なものだからご褒美になれるんだよね。」

 

「もしこのケーキを割引で売ったりしたら、ちゃんとした値段で買ってくれた他のたくさんの人たちの夢を壊すことにならないかな?それってせっかくの自分を愛してくれている人への裏切りだと思わない?」

 

「裏切り」という少しドキッとするような言葉が衝撃的だったのと同時に、店長の持っている自信と信念に一本まっすぐな筋が通っていることが理解できて自分的には嬉しかったのです。

 

たしかに食べ物を粗末に扱うことは決して良いことではありません。

自分の場合もご飯粒を残すと目が潰れると親に教えられて、レストランなどに行ってもどんな場合でも食事は残さない習慣を付けられてきました。

もちろんその考え方は重要だと理解していて、これからも変えることはないと思います。

 

でもそれが今回のケーキ屋の廃棄の場合は状況が全く異なることに、このアルバイトを通じて自分は気付くことができたのです。

「ケーキを買う人」の気持ちに立って、「夢を壊さない」という大きな視点から考えた上で、時として「捨てる勇気が必要な場合もある」ということに。

 

―これらのケーキは工場で作られ店舗に納入されているわけですが、1日に店舗当たりショートケーキを50個、ホールケーキを10個捨てているとすると、全店舗ではいったいどれくらいの量になるでしょうか。

また、工場でも規格外や生地の切り落とし、残った材料の廃棄などが行われているはずです。

 

店長の発言をみると、このケーキ屋さんではこれらの廃棄に対してなんら対策が講じられていないようです。

本当にお客様のことを思うなら、これらのムダ、ロスを削減して顧客に還元すべきです。

また、店舗の責任者も過去の売り上げや商品の傾向を分析し、なるべく廃棄が少なくて済むように対策を講じるべきではないでしょうか。

 

店長自身の管理責任者としての責任や能力の欠如を「夢を売る」という口実のもとに正当化しているとしか思えません。

しかし、堂々と廃棄しているところをみると「ロスやムダによるコストはすべて顧客に負担させればよい。」

どうやら、このケーキ屋では上から下までそのような企業文化が浸透してしまっているようです。

ケーキ屋では何を売っているのか?

 

店長の言葉を引用すると「ケーキに関する夢とか空間全体を売っている」ということでしたが、これは一体どのようなものなのか自分なりにもう少し考えてみました。

 

・「選ぶ楽しさ」があるということ。

・「選べる安心感」があるということ。

 

閉店間際になってしまうと、毎日売れ残りの決まった商品からしか選べないというのが本来の普通のお店の姿でしょう。

ところが、自分のお店の場合は最後の一人のお客さんまで、少なくとも数種類の中から商品を選んでもらえるような品揃えをしています。

 

これは悪く言うと「過剰在庫」で、「廃棄待ち」の商品がたくさん店頭に残っていることは悪いという考え方が一般的かもしれません。

けれども、お客さんの立場に立つと見え方が全く変わってくるのです。

 

この「廃棄待ち」の商品が並んでいることによって、お客さんは結果的に同じ商品を購入したとしても「残っている商品を買った」のではなく「自分の意思で食べたい商品を選んで買った」ことになるのです。

 

これはそのまま「満足度の違い」につながっていき、将来的なお客さんのお店に対する評価や期待感に影響してくることでしょう。

 

もし自分が大切な彼女との記念日で授業が押してしまってもうお店が閉まるような時間になってしまった時に、閉店間際になると売れ残りの商品しか置いてないお店と、閉店間際までピカピカの商品がたくさん並んでいていつでも自分が欲しい商品を選べる店があったとして、どちらに自分は行きたいか、ということです。

 

自分がケーキを買う理由は「彼女を喜ばせたい」ことでしかないので、そんな時に、正直値段なんてどうでもいいと考えてしまうでしょう。

自分は決してイケメンでもモテるような人間でもありませんが、そのように考える男子の方が多いのではないでしょうか。

 

―スイーツに限らず、多くの人気店では「売り切れ」「行列」が当たり前です。

それがいいことだとは思いませんが、少なくとも大量の廃棄食品を出すことなく、また値引き販売による不公平感を生むこともありません。

 

なぜ、このケーキ屋はそうしないのか?

確かな理由はわかりませんが、デパートの食品売り場などのテナントでは施設側の意向や要求があり、早々に売り切れてしまうわけにはいかない場合もあります。

あるいは、残念ながら売り切れや行列ができるほどの人気店ではないのかもしれません。

 

高級品の販売戦略として「売り切れ」や「限定販売」はプレミア感を醸成するのによく使われる手法ですが、これに対し、いつ行っても商品が買える、閉店間際でも人気商品が残っている、というのは顧客に「いつでも買える」という安心感を与えるため、逆に客足を遠のかせる要因になりかねません。

 

また、仮にあなたの大切な人に、早くから行列に並ばないと買えないお店のスイーツと、いつでも好きなものが買えるお店のスイーツのいずれかをプレゼントとしたとするならば、どちらのほうが喜ばれるでしょうか。

 

当然、行列店のほうが喜ばれるでしょう。

それはスイーツの中身より、「わたしのために早くから行列に並んでくれた」という、あなたの献身的行動が恋人を喜ばせるからです。

恋人を喜ばせたいのなら、プレゼントの中身はもとより、時間を惜しまず準備を怠らないことです。

 

安売りしないで価値を守る

 

店長に教えてもらった言葉の中に、他にも発見がありました。絶対に安売りしない理由についてです。

 

お弁当やお総菜は毎日の食卓に並ぶもので、ケーキは特別な時にだけ食べるものだということをここまでに書いてきました。でも値段を安くしない理由についてはこんな言葉をかけられました。

 

「プレゼントを贈られた人がもしその商品を気に入ってくれたら、今度はそのお店にプレゼントを贈る側として買いに来てくれるんだよ。」たしかに自分にもそういう経験があります。

 

たまたま友達にお土産でもらったどら焼きが本当に気に入ってしまい、実家に帰省する時に買って帰ったところ、家族が親戚にも広げてどんどん評判になっていってしまい、今では帰省するたびに頼まれた分まで大量に買って帰る役割になってしまったのです。

 

そう考えると、プレゼントをもらった人の気持ちを大切にするにはどうすれば良いのでしょうか。

それはプレゼントをしてくれた人の行為を傷つけないことが大事だと思います

 

仮に、自分のお店のケーキを誰かからプレゼントされた人が、ケーキを気にいってファンになってくれた場合を考えてみましょう。

 

もし、そのファンになってくれた人が、自分のケーキ屋を閉店間際に訪れてくれた場合に、もし「半額で販売」をしていたらどうなるでしょうか。

仮に5000円のケーキが半額の2500円で買えたのならば、その場ではおそらく喜んでくれるかもしれません。

 

けれども、その場合には、そのお客さんに最初にこのケーキをプレゼントしてくれた人の気持ちを台無しにしてしまっているかもしれないのです。

最初にプレゼントで買って行った人は当然このケーキを5000円でせっかく気合いを入れてプレゼントしたはずです。

 

それなのにその同じ商品が半額で売られてしまっていると、自分の関係ないところで自分がプレゼントした商品の価値が「なんだ、これって半額で買えるじゃん。」と思われてしまい、せっかくの行為の価値を貶めてしまう可能性があるのです。

 

―ケーキを買おうとやってきたら店はすでに閉店、がっかりして帰ろうとしたその時、店の裏手で自分が買おうとしていたケーキが次から次へとゴミ袋の中に放り込まれているのを目撃してしまったら…

 

もう何もいうことはありません。

その人は2度とその店のケーキを口にすることはないでしょう。

 

物事の見方に幅を持たせるチャンス

 

「食べ物を粗末にすることは悪いことか?」という問題の答えを、倫理とか社会道徳とか難しいものだけでなく、このような「贈った人、贈られた人の気持ちを裏切らない」という見方で考えたことは今まで一度もありませんでした。

その意味で、「今のお店で」「今の店長と」「今の仕事を出来た」ことは自分の将来にとって大きな経験になりました。

 

「大学時代にはどんなことでも経験できるだけ経験した方が良い」と言われることも多いですが、自分の場合は今のアルバイトを通じて、いろんな物事の見方に幅を持たせることができたと思っています。

 

―企業文化は時に宗教とよく似た一面をみせるときがあります。

その組織に属する人間がすべて同じ価値観を共有する。あるいは、そのように仕向けられる。

 

古くはバブル期の証券会社や金融大手、電力会社、最近では官制から発展した大手電機メーカー、財閥系の大手自動車会社など、会社ぐるみで不正を行う例に枚挙のいとまがありません。

そして、問題が発覚すると上から下まで見事なまでに責任を押し付けあう。

これは良くも悪くもみな同じ価値観に基づいた行動なわけです。

 

ケーキ屋でアルバイトをする彼もまた、毎日の食事や弁当、惣菜は捨ててはいけないが、ケーキは嗜好品だから捨てても良い、あるいは捨てなければいけない、という店長の価値観に共感させられているような気がします。

詐術や詭弁は人をだますために磨かれてきた技術であり、疑うことを知らない純粋な人ほど詐術めいた誰かの価値観に染められやすく、特に師匠や上司、先輩など力関係があきらかな場合に起こりやすいものです。

 

あれほど社会問題化したにもかかわらず、未だにブラックバイトの被害に遭う学生は多く、学生を食い物にしようとする事業者も後を絶ちません。

このイタチごっこをなくすには、やはり自己防衛のすべを身につけること、自分の考え方や信念をしっかり持って、簡単に人の考えに共感しないことが肝心です。

 

さて。広い世界を見渡してみれば、今このときにも、およそ8億人もの人々が飢えに苦しんでいます。

5歳までに命を落とす子供は、その半数が栄養不良によるもので、死者数は年間300万人にものぼります。

 

そして4人にひとりは発育障害に苦しみ、ひもじさに耐えながら小学校に通う子供たちは6600万人といわれています。
 
飢餓
 
WFP 飢餓について http://ja.wfp.org/hunger-jp/stats

 

日本に暮らす私たちの大半は飢えたことがなく、ひもじさや、食べ物がないゆえのみじめさを味わったことがありません。

しかし、悲しいかな豊かなはずの平成の日本で、ワーキングプアや高齢者の貧困層は増え続けており、特に子供の貧困は社会的孤立を生む、と「子ども食堂」があちこちでできているほどです。

 
つながる図鑑
 

つながる図鑑
http://tunagaru.jp/lifestyle/2015/12/11798/

 

実は日本で廃棄される食品のうち、約半数は家庭から排出されています。日本では1日に世帯当たり約40gの食品ロスが出ており、家庭から捨てられる生ごみの22%が手つかずの食品です。
 
家庭でのフードロス
 

スーパーでの買い物で少しでも賞味期限が長いものを、少しでも鮮度のいい野菜を、と選んでおきながら、野菜は冷蔵庫の野菜室に忘れ去られ、牛乳はまだ飲めるのにシンクの排水口へ。

 

コンビニに行けば、弁当のふたから少しでもハンバーグのソースが染み出していたり、中身が片寄って見栄えが悪い、おにぎりが少し変形している、といった理由で買わない。

 

実は事業系のフードロスも、家庭でのフードロスも、私たち消費者の側に原因があるのではないでしょうか。

 

世界で初めて環境分野でノーベル平和賞を受賞したケニア出身のワンガリ・マータイさんは「MOTTAINAI」を世界共通語として広めようと活動していました。

その理由として、「もったいない」には自然や物に対する愛情や敬意が込められており、このような言葉は世界に類をみないからだと話していました。
 
ワンガリ・マータイさん
 
ロイター通信
http://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-23410120110929

 

いま日本は、わざわざ5500万トンもの食料を外国から買い入れておきながら、そのうち3分の1を捨てている世界でもまれに見るフードロス大国です。

日本が発祥であるはずの「もったいない」は、いったいどこに消えてしまったのでしょうか。

 

私たちが口にする食品とは、もともとこの世に生きていた生物であり、私たちは命そのものを食べて生命をつないでいるのです。

命を尊び自然に感謝を込めた言葉、「もったいない」。

私たち日本人こそ、この言葉の意味を今一度知る必要があるのではないでしょうか。
 

 
ドキュメンタリー映画「もったいない!」予告篇(YouTube)

Recommend-関連するオススメの記事-

後 援

JIHDO 公益財団法人 国際人財開発機構

協 力

FRESH! by AbenaTV

pagetop

Copyright© 大学生活を有意義にする実行委員会. All Rights Reserved.