2016.08.13 ( Sat )

麻雀はギャンブル!?コミュニケーションのために今こそ麻雀を学ぼう!(前編)


麻雀

大学生になったら、麻雀を始めてみませんか?

 

世間では麻雀に対して「賭博」としてのイメージが強く、家族ぐるみで正月などに行う機会がある場合は別ですが、高校生までに手を出す人はあまりいません。その最大の障壁が負のイメージです。

 

麻雀といえば中国のイメージが強いかもしれませんが、たしかに中国が発祥ではありますが、日本で最も発展した遊戯です。

世界広しといえど、繁華街や駅前にこれほどたくさんの麻雀店が並ぶ国はありません。いわば「日本のお家芸」なのです。

 

よくよく考えてみれば、将棋やチェス、ボーリング、ゴルフに至るまで世の中に存在するスポーツやゲームが全て何かしらの賭博対象となっているのも事実です。

「麻雀=賭博」として捉えるのではなく、「競技性や接待性を持った麻雀」として捉えると、入り口としては良いのかもしれません。

 

実際、早稲田大学を中心とした「雀友会」や、インカレで活動する「学生麻雀部連盟」など、大学時代には麻雀を始めやすいサークルがたくさんあります。

今回はそのようなサークルの仕組みと麻雀の仕組みから、リアルなコミュニティ形成に役立てる方法を学んでみたいと思います。

 

誰もがハンデ無しで戦える接待性

 

麻雀は、「運が9割、実力が1割」、「完全に運」、「実力のみ」、「運が7割、実力が3割」など諸説ありますが、統計上数千回もの対戦を積まないと実力が見えてこないようなので、「最低限度の運要素」は存在すると言えます。

この「運」が存在することこそ、麻雀の醍醐味といえます。

 

将棋は段位制度があるように、強い人に勝つことはまず不可能に近いと考えられます。

筆者は、「将棋五段です。」と言われたら、負ける前提で対局に付き合うか、最初から勝負は決まっているのだからと対局すらする気にならないことでしょう。

角や飛車を抜くような「ハンデ」が存在する時点で、運要素は皆無に等しいと考えることができます。

 

麻雀においてハンデを見かけたことはほとんどありません。

例えば、強い人がたたき出した点数を2で割るとか、持ち点を半分で始めるとか、そういった提案をいくら強い人にしても軽くあしらわれることでしょう。

つまり、実力差があっても、勝敗は最後まで分からないと言えます。

この運要素こそ「接待性」なのです。

 

もし将棋に於いて、五段を持つ人が全くの素人社長と対戦して負けたとしましょう。

果たして社長が良い気分になれるでしょうか。「コイツ、手を抜いたな」と思うに違いないし、盤面は公開されていますから周りが見ていれば一目瞭然でしょう。

ましてや棋譜などつけていた日には目も当てられません。

 

それに対して麻雀は一般に4人で対戦するゲームですから、4人分の手の内を一通り見ない限り、手を抜いたかについては分からないケースが多々存在します。

「1対1」でなく「1対多」「多対1」という様々な場面があるのです。

 

仮に観戦者がいたとしても、そこはモラルの問題として社長の後ろ見(自らは対局に関わることなく、プレイしている人の手の内を後ろから見ていること)に徹して、褒め称えれば自然なわけであって、何ら弊害を生まないのです。

3人で社長を接待すれば、仮に社長の後ろで見ている人がその隣の人の手まで見ていたとしても、残りの2人については気兼ねなく接待行為ができるのです。

 

麻雀のルールは「枚数の多いポーカー」

 

ここで簡単に麻雀について説明しますが、最初に25,000点という点数を4人が持っていて(合計10万点)、これを奪い合います。

1人につき配られた13枚が綺麗に揃ったら上がり、上がれるのは基本的に1人で、その人が点数をもらえるという仕組みです。

 

ポーカーにおけるストレートやフルハウスのように「役」という概念があって、手牌の13枚(ポーカーにおける手札のことを麻雀では手牌と呼びます)の中身が綺麗だったり、奇抜だったりすると、点数も上がるので、プレイヤーはより高い点数を目指して手を作っていきます。

 

麻雀はメンバーの平均的な実力が上がってくるにつれて、「あがれば凄い、あがれなかったら凄くない」という考えが間違っていることに気づいてくるものです。

上がった時、大げさに「凄いですね~」というのは初心者には通用しますが、上級者に対しては黙って最後まで見ていて、途中で声を掛けられた時や、最後にまとめて愚痴を聞くといった程度が相手にとっては心地よいものです。

 

この辺りの「感覚」についても、麻雀の実力が上がるにつれて研ぎ澄まされていくものですので、一朝一夕で身に着くものではありません。

麻雀好きな上司と出会った時から頑張って麻雀を始めるより、大学4年間のうち、暇な時間で覚えて実践するほうがよっぽど身につきやすいのです。

 

リアル麻雀とソーシャルゲームの違い

リーチ一発

最初から接待を意識して麻雀を覚えるのも構いませんが、将来のポジショニング(上司の接待として麻雀を活用し、出世を目指すこと等)を優位にするためだけに嫌々始めても、面白いとは思えないはずです。

 

そこで、麻雀が持つ「競技性」にも着目していきたいと思います。

競技性については、運要素を含む麻雀が持つ、「スポーツ的な一面(いわゆる、スポーツマンシップ)」と定義しましょう。

麻雀では対局内容以外についても、例えば「対局マナー」や「所作」などがあげられます。

 

麻雀が4人のゲームであるのに対して、現代で最もプレイヤーの多いと考えられるソーシャルゲームは、基本的に1人プレイであり、「周りに迷惑をかけない」「周りと協調性を取る必要がない」といった心理的(解放的)メリットからファンを増やしているのではないかと分析します。

 

例えばサラリーマンが、普段の電車通勤でやることも無く、周りとの人間関係に辟易としている中で、このようなソーシャルゲームに出会ったとしたら、ハマってしまうのは仕方がないと言えます。

 

人間関係を気にせずにプレイできるゲームは、現代人にとって非常にウケが良いのです。

現実的な投資ではなく、このようなゲームにひたすら課金する人々が存在する理由についても分かるような気がします。

しかし、冷静に分析すれば、それは本来の人間的な部分を欠落させていっており、ただ喜ぶべき現象だとは考えづらいものです。

 

「人間的な部分が欠落している」というのは、通信機器が発達していなかった時代の日本を想像すれば分かりやすいかと思いますが、「リアルで会う」のが基本であり、「ネット上の出会い」や、「ブロック」という観念は存在しませんでした。

「面倒であれば、ブロックさえすれば二度と会わなくても良い」という考え方により、対面コミュニケーションは徐々に廃れていっているのです。

 

リアルコミュニケーションが求められる時代だからこそ

 

そして、現代の会社で役員、社長など、上司となり得るポジションにいる人々の中に、少なからずそのような「昔の価値観」を持った人がいるということを忘れてはいけません。

リアルコミュニケーションは「偉い人たち」と交わるうえで、未だに必要不可欠なのです。

 

実際に大学卒業後に起業で働き始めた先輩の話を聞くと、「会社で定期的に麻雀がある」「上司から接待用に麻雀を覚えるように言われた」という声を驚くほどたくさん聞きます。

就職活動を終わらせて麻雀のスクールに通わせる起業塾もあるほどです。

 

将棋、囲碁、チェスなどのボードゲームは基本的に2人プレイとなります。

これは「自分と相手」、つまり自分がプレイしたければ1人だけ見つければゲームが成立するということになります。

 

それに対して、4人プレイが基本となる麻雀は、自分がプレイしたいときに他に3人見つけてくる必要があり、人集めは2人のゲームに対して想像以上にハードルが高いと言えます。

 

実力がそこそこ合う人同士で、同じ時間帯が空いていて、ルールについて合意できて、同じ場所に集まって…となると、課題が山積しています。

将棋であれば、将棋盤とコマを持ち歩いていれば、どこかで相手が見つかった時点でゲームが始まりますが、麻雀卓(または麻雀マット)と麻雀牌を持ち歩き、3人集めなければ…というのはかなり厳しい条件です。

 

ただ人集めが厳しいということは、逆に言うと「人集めの対象として召集されやすい」ことをも意味します。

麻雀をしたい人同士3人しか集まらない時に「おまえ麻雀打てるの?」と聞かれて「打てますよ」と答えができれば、その瞬間に自分の株は急上昇するはずです。

 

人集めの大変さからコミュ力を養う

 

このように、「ゲームを始めるためのハードルが高い」という要素すらも、リアルコミュニケーションの不足している現代にとっては大切ではないかと考えます。

最初は人が集まらなくても良いのです。

しかし、それによってツイッターやフェイスブックでは「友達」だけど、リア友は…と気づくのです。

 

色々なサークルに顔を出していると、「イベントで1,000人集客」などという話も良く聞きます。

実際、学生の中には1度のイベントで1000人や2000人の人を集める人も見掛けます。

 

有名どころでは、関東大学ダンス連盟Σ、早稲田大学男子チアリーディングチームSHOCKERS、インカレ広告研究会CLELIB!!の「イベント御三家」の主催する企画はそれだけ毎回千人単位の集客力を持つビッグコンテンツになっています。

 

数千人単位の集客力がある人は本当に凄いな、と思いますが、だからと言って彼らが麻雀で4人のメンバーを集められるかというと話は別です。

上記のような条件で4人を集める、というのは意外と大変なものです。

 

もちろん、このようなリアルコミュニケーションの難点を克服するために「麻雀サークル」を立ち上げることによって、いつでも人が集まる環境構築を図ることはとても大切です。

これについては次回の続編にて詳述します。

 

しかし、大きいコミュニティーを作って「参加したい人たちだけどうぞ」としてしまうと、これは麻雀が与えてくれるリアルコミュニケーションの利点からほんのわずかながら離れてしまうため、バランスが大切であると考えます。

 

「自分以外の3人に直接連絡を取って、対局を組む」のと「20~30人のサークルを作って、指定日について希望者に来てもらう」というのは、手間のかかり方も、リスクも異なってくるのです。

 

言うまでもなく、後者のほうが圧倒的に楽で、4の倍数にならなければ後ろ見を生成すれば良い(例えば9人集まった場合は、2つのテーブルを組んで、1人が対局に参加せずに後ろ身をすれば良い)だけでありますから、段々と仕組み化して簡単に行えてしまいます。

 

それに対して、前者は「当日のドタキャンが出たら、対局ができなくなってしまうが、それは当日まで分からないこと」であったり、「では予備として1人余分に呼んでも、ちゃんと4人が集まった時に、その1人はどういう立場にすれば良いのか」などの問題が生じてきます。

 

麻雀について少し知っている方なら「5人呼んで、抜け番を作ればいいのではないか」という意見が聞こえてきそうですが、実際に私の周りには「ずっと打ち続けたい、抜け番があるくらいなら行かない」という人もいます。

これをワガママだと捉える人がいても仕方がないとは思いますが、世の中に全く同じ価値観の人はいません。

 

これらは自分がサークルの代表や将来的に会社の社長になった時に必要となる「リーダーが考えるべき調整の難しさ」という新たな価値観を学ぶことに繋がるはずです。

その意味でリアルコミュニケーションにあたってはいい勉強となるのです。

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