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2016.07.07 ( Thu )

教育実習で目にした幼稚園の食育 ほかにもっと大切なことがあるでしょ!


幼稚園

大学の間に資格を取って幼稚園の先生になりたいと考えている人も居ることでしょう。

自分もそう思って幼稚園の教育実習を取りました。

2週間の実習期間は毎日が実習録と指導案の提出に追われて寝る時間も十分にないハードな日々でした。

 

けれども、それよりもっと厳しい現場を見てしまい、自分は幼稚園の先生になることをあきらめてしまいました。

一歩間違えるといじめの現場に繋がりかねない状況が放置されていて、その原因が幼稚園側にあるのもわかっているのに何もできない自分の無力さに気付いたからです。

 

私が体験したような事例は、たぶん日本中あちこちに普通に存在しているのだと思います。

これから幼稚園教諭資格を取ろうと考えている人には一度考えてもらいたい内容なので、今回は文章にまとめさせてもらいました。

 

幼稚園教育実習生とお弁当

 

教育実習生は、園児たちと一緒に昼食のお弁当を食べます。

原則週2回の「お弁当の日」があるのですが、そこにとても厄介なルールがあるのです。

 

「お弁当は手作りにしてください。冷凍食品は使わないでください。」

 

要するに、コンビニ弁当禁止、パン禁止、冷凍食品禁止の「三大禁止」がこの幼稚園のルールとして決められているのです。

このルールは最近に始まったわけではなく、10年以上前から続いているものとのことでした。

 

後から知ったのですが、ネット上には「冷凍食品」だけではなく「練り物禁止」「ウインナーなどの加工肉禁止」の幼稚園や保育園が急増しているといい、テレビのワイドショーでも特集が組まれるなど、波紋を呼んでいるようです。

 

ところが、マスコミの取材を受けた施設からは、判で押したように「当園ではそのような指導はしておりません」という回答ばかりです。

そんななかで、こちらの保育園のホームページにはこんな記述がありました。
 
給食について
 
いわき・さくらんぼ保育園
http://www.iwaki-sakuranbo.jp/%E7%B5%A6%E9%A3%9F%E3%81%A0%E3%82%88%E3%82%8A/

 

認可保育所には給食設備が義務付けられており、こちらの保育園でも普段は完全給食ですが、月に一度、お弁当の日があるようです。

そして、お弁当に入れるおかずのうち、一品は園から指定されています。

また、冷凍食品だけでなくウインナーなどの加工食品は禁止されています。

 

この保育園ではお弁当の日を月に一回としているので、まだ対応できると思いますが、これを週に2回作れといわれたら…。

保育所に子供を預けるということは、ほとんどが共働きでしょうし、忙しい主婦にとっては非常に大きな負担となることでしょう。

 

それはさておき、このルールは職員にも適用されるとのことで、実習生という立場上あらがうこともできず、私もしぶしぶ週2回の手作り弁当に取り組むことになりました。

普段から自炊を頻繁にする方でもなかったので、レパートリーもなく毎回本当に苦しみました。

 

毎日、その日の実習録の反省点を踏まえて翌日の実習計画を立てて提出しなければならなく、そうでなくても睡眠時間がない中で、この「お弁当の日」は本当に精神的にも肉体的にもハードでした。

 

朝いつもより1時間早起きして、ゆで卵を作り、唐揚げを作り、ミニトマトを入れて、お弁当箱に詰めるのですが、このメインの1品がいつも大変なのです。

なぜかといえば「冷凍食品禁止」の掟が「時間短縮」を邪魔するのです。

 

パートなど仕事をしながら幼稚園の子を持っているお母さんって本当に大変だな、って正直思いました。

今更ながら小さい頃に毎日お弁当を作って持たせてくれた母親に感謝する心が生まれたのは良い経験だったかもしれません。

 

食育という考え方の中で

 

「なぜ冷凍食品はダメなのですか?」と他の先生に聞いてみたのですが、その理由は「幼稚園児は食べることも勉強。

この幼稚園では食育に力を入れているから。」との答えでした。

 

「食育」の定義は、Wikipediaによると、「国民一人一人が、生涯を通じた健全な食生活の実現、食文化の継承、健康の確保等が図れるよう、自らの食について考える習慣や食に関する様々な知識と食を選択する判断力を楽しく身に付けるための学習等の取組み」という意味らしい。

 

それと同時に、食育基本法という法律が2005年に成立していて、その中では「食育は、生きるための基本的な知識であり、知識の教育、道徳教育、体育教育の基礎となるべきもの」とも書かれていました。

 

ここで、たしかに「食育は重要」ということは納得できるのですが、それが幼稚園の現場で教えることが本当に適当かということには少し疑問を感じざるを得なかったのです。

 

まず、本当に子ども目線で、まだ平仮名や片仮名といった言葉の基礎を学んでいる段階で、はたして「食文化の継承、自らの食について考える習慣」は必要でしょうか?

 

自分の記憶もあいまいですが、私がまだ幼稚園に通っていたころに「今日のお弁当は無農薬の食材使ってるな」とか「ごぼうは日本で昔から愛されてきた根菜でお通じをよくする効果がありそうだな」なんて考えたことは1度も無かったと思います。

 

また、冷凍食品や練り物を禁止しているほかの幼稚園や保育園では、「食品添加物」を問題視しているところが多いようです。

私自身、食品添加物について、普段は気にしたこともないので少し調べてみることにしました。
 
フードパトロール
 
東京都福祉保健局 食の安心パトロール
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/shokupato/con05/ck.html

 

まず、食品添加物には着色料や保存料のほかに、甘味料、酸化防止剤、防かび剤、香料、酸味料、調味料、乳化剤、膨張剤などたくさんの種類があります。

では、これら食品添加物の安全性はどのように評価されているのでしょうか。

 

食品添加物の毒性試験は主に実験動物を使って行われます。

摂取量や摂取期間とともに、子どもへの影響、遺伝子への影響、発がん性などを調べます。

そして、すべての項目で毒性が認められなかった量を無毒性量(NOAEL)としています。

 

動物のNOAELを人間に置き換えて、性別や年齢を考慮し安全係数100で割ったものが一日摂取許容量(ADI)として決められます。

ADIは一生涯毎日摂取してもまったく影響のない量のことを指しています。

食品添加物や残留農薬はすべてADIをもとに決められた基準値で管理されています。

 
ADI
 
食品安全委員会
https://www.fsc.go.jp/sonota/kikansi/37gou/37gou_6.pdf

 

2007年に横浜で残留農薬が基準値を上回るとしてキクラゲが廃棄されました。

このときの基準値は0.01ppmですが、検出された値は0.02ppmだったそうです。この検出量はADIの0.03%に相当し、キクラゲを食べても健康には全く影響がないのに「規制違反」という理由により廃棄されました。
 
残留農薬の基準値違反
 
国立医薬品食品衛生研究所資料より
https://www.nrib.go.jp/kou/pdf/46kou07.pdf

 

このように食品添加物や残留農薬は数値によって徹底的に管理させれています。それでは、逆に添加物をまったく使わない食品の安全性はどうでしょうか。

 

天然物である食品には、BSEや鳥インフルエンザなどの外来ウイルス、黄色ブドウ球菌やサルモネラ菌などの細菌、ノロウイルスやロタウイルス、最近のジビエ(シカやイノシシなどの野生獣肉)ブームによるE型肝炎の増加などさまざまなリスクがあります。

 

中でも、特に強い毒性を持つのがカビ毒のアフラトキシンで、国際的な基準値は0.01~0.02ppmです。

これは先ほどの残留農薬と同レベルですが、加工食品では規制で徹底管理されているのに対し、天然食品や無添加食品では自己管理、自己責任です。

 

アフラトシキンには強い急性毒性もありますが、ごく微量でも長期にわたって摂取し続けると肝臓がんのリスクが高まります。

 

不必要なヒエラルキーを生む

お弁当

 

話が脇道にそれてしまいましたのでもとに戻しましょう。

この週2回のお弁当の日は、喜ぶ園児と喜ばない園児との間にとても大きな落差があり、お弁当そのものが教室の中に差別的な雰囲気を醸し出していることに気がつきました。

 

「Aちゃんのお弁当はいつもかわいい」とみんなに憧れを抱かれる女の子が居ます。

Aちゃんのおかあさんはキャラ弁作りの達人で、自分のブログにもよくそのお弁当画像を載せているレベルのクオリティで、Aちゃんにとってはお弁当の日が楽しくて仕方ないようです。

 

そして、Aちゃんはとても優しい子なので、Aちゃんのお弁当を食べたいというお友達におかずをあげたり交換してあげたりしています。

当然Aちゃんは学級一の人気者です。Aちゃんがその人気を通じて「私のお母さんはすごい」と感じることが「食育」の意義なのでしょうか?

 

逆に、Bくんのお弁当はいつもとても地味です。

お母さんが忙しくておばあちゃんが代わりに作っているのかもしれませんが、高野豆腐とか蕗の煮物とか、良く言えば懐石弁当みたいな感じもするのですが、お世辞にも子どもが喜びそうなおかずはあまり入っていません。

 

Aちゃんのお弁当を交換したいお友達はたくさんいるのですが、その輪の中にBくんの姿はありません。

自分のお弁当に自信をもって交換に差し出せるおかずがないことが原因になっているのでしょう。

 

戦後から高度経済成長期にかけての経済的な過渡期ならばともかく、平成の世の中に「お弁当格差」があるとは思いもよりませんでした。

 

私の祖父母の時代には、お弁当の中身を人に見られたくなくて、「フタで隠しながら食べた」という話を聞いたことがあります。

でも、その頃は「格差」という概念があまりなく、貧しいお弁当を誰かに見られたとしても差別につながるようなことは少なかっただろうと思います。

 

ところが、今の世の中は大人のみならず子どもの世界でも、格差が差別を呼ぶ風潮が蔓延しているのです。

そして、その原因は子どもたちではなく、多くの場合おとなの側にあるのです。

 

子どもは善悪の基準を付けられない

 

もっともひどいと思ったのが「ルールありき」になってしまっている「冷凍食品禁止」の厳格な体制でした。

私が教育実習に行った幼稚園では、保護者だけでなく子どもたちにも「冷凍食品は食べてはいけません」ということを教えています。

 

「なぜ冷凍食品はダメなのか」を教えるのではなく、「冷凍食品そのものが悪」なのです。

実のところ、大人たちもなぜ冷凍食品がダメなのかわかっておらず、「なんとなく悪そう」というイメージでしか判断できていません。

善悪の基準をまだ自分で付けられない年端の行かない幼稚園児ならばなおのこと、「先生が悪いといったから悪い」という、それだけがルールになってしまうのです。

 

幼稚園児とは違って大学生にもなると、少々ずる賢い知恵も付くもので、私の場合はお弁当づくりの中にちょっとした「ずるいこと」をしました。

冷凍食品のコロッケを使いながら、わざと形を崩してポテトサラダみたいに仕立てたり、コンビニで買ったスパゲティサラダを移し替えてその上にミニトマトだけ乗せて隠したりして「手作り風」「冷凍食品じゃない風」を演出したりする工夫をしていました。
けれども子供は自分でそんなことができません。

もっと言えば、子どものお母さんだっていつもお弁当を作る充分な時間があるとは限りません。

まして、自分で弁当づくりをやってはじめて身をもってわかったのですが、冷凍食品を使えないとなると時間が無い時には致命傷になってしまいます。

 

これでは、正直「食育」以前に余計な時間がかかってしまい、睡眠時間が削られてしまって、子どもに目配せをしてあげる充分な時間がなくなってしまうのではないかと心配になってしまいました。

 

さらにいえば、お母さんたちのなかにも私同様、加工食品に「手作り風」の演出をしてお弁当をつくっている方もあるのではないでしょうか。

園のほうでは時折りお弁当をチェックして、それらしきおかずが入っていると家庭に電話をかけたりもしているようですから。

 

保護者はいかに巧妙に冷食や加工食品を使うか、という点に力を注ぎ、園のほうではその巧妙な細工をいかに見破るかという、わけのわからない攻防が繰り広げられることになるわけで…。

食育とはいったいなんなのでしょうか。

 

無邪気ゆえの悪

 

そんな中で事件が起きました。

いつもおとなしいCちゃんがお弁当の日に、明らかに冷凍食品とわかるクリームコロッケを入れてきたのです。

Cちゃんが自分のお弁当箱を開けた途端に、冷凍食品が入っているのに気付いて泣きだしてしまったのです。

 

いつも先生に「持って来てはいけません」と注意されている冷凍食品が、まさかの自分の弁当箱の中から現れたのです。

たぶんその瞬間に状況を理解することができなくて泣きだすしかなかったのです。

 

Cちゃんが泣き出したことによって、Cちゃん以外の周りの子供たちが当然Cちゃんに注目し始めます。

その結果、その中の1人が「うわっ。Cちゃん冷凍食品持って来てる!」ほんの一瞬でCちゃんは「ルール違反の悪いヤツ」になってしまったのです。

 

泣きやまないCちゃんを周りの子供たちの悪意のない指摘の声が包みこみます。

「Cちゃん冷凍食品持ってきたらだめなのに。」「隊長、冷凍食品を持って来てる悪いヤツを発見しました!」「Cちゃん、なんで冷凍食品持ってきたの」…本人に何も責任はないはずなのに。

 

そこで先生が事態収拾に動き出しました。

「どうやってこの状況を収めるのだろう」と、まだ教育実習生という立場の私からすると勉強したい思いでいっぱいだったのですが、先生のとった行動に私は正直幻滅せざるを得なかったのです。

 

「Cちゃん、冷凍食品は持って来ちゃだめでしょ。分かるよね。みんなにちゃんと謝ろうね。」

泣きじゃくるCちゃんに対して先生がとった行動は「みんなに謝罪させる」というあり得ない選択肢だったのです。

 

道徳のためのルールが道徳を壊す

 

Cちゃんは泣きながら息を詰まらせながらみんなに対して何度も謝りました。「ご、ご、めんな、な、なさい。」

 

謝りながらお母さんのことを嫌いにならなかったのか、これが原因でお弁当やお友達のことを嫌いにならないか、私には心配で仕方ありませんでした。

けれども先生のとった行動はここまででCちゃんをフォローするようなことは一切ありませんでした。

その時、ふと私は考え込んでしまいました。

「なぜCちゃんのお母さんは、あきらかに冷凍食品と分かるコロッケをお弁当に入れたのだろう?」

お弁当格差という過酷な現実が存在するこの幼稚園で、差別やいじめにつながると考えなかったのだろうか?

 

あるいは、これはCちゃんのお母さんの幼稚園への宣戦布告か、アンチテーゼだったのではないだろうか。

たった1個のクリームコロッケによって、差別が存在する現実を浮かび上がらせ、世間に知らしめようと?

いやいや。そうだとしても自分の子供が犠牲になることくらいわかるはず…。

 

結局、実習の修了によって私のこの疑問が解明されることはありませんでした。

でも、こうした保育園や幼稚園の話を耳にするたび、食の安全や食育の本質は置き去りにされ、「ダメなものはダメ」という根拠のない統制だけが強要されているような気がしてなりません。

 

毒性学の父といわれる16世紀の医師であり化学者のパラケルススはこんなことを言っています。

 

「この世に毒でないものはない。毒であるかどうかは、そのものの量によってのみ決定される。」

 

食品添加物は毒になりますが、その毒性は政府機関や自治体によって徹底的にコントロールされています。

一方で天然物である植物や魚介類、獣肉類の中には強い毒性を持つものがありながら、それを評価するすべがなく、食するかどうかは自己責任でのみ判断されます。

 

その毒性においては、天然物も食品添加物もかわりはなく、その量だけが毒性を発揮するかどうかを決定しているわけですが、食品添加物は天然毒を防ぐ、あるいは消去する役割を担うもの。

食品添加物を使用しないということは天然毒のリスクが増大するということにほかなりません。

 

終わりに

 

PubMedというアメリカ国立医学図書館に所蔵されている医学論文には、水中毒で命を落とした症例がいくつも著されています。

大人の場合、短時間に5リットル以上の水を飲むと中毒症状を起こし、死亡する危険があるというのです。

 

なかでも、貧しさゆえに十分な粉ミルクを手に入れることができず、水で薄められたミルクを大量に飲まされた赤ちゃんが死亡するという症例が数多く報告されています。

私たちの肉体の60%以上を占め、生命を維持するために欠かせない水ですら、大量に摂取すれば命を落とすのです。

 
水中毒
 
PubMed(米国立医学図書館論文データベース)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1877579?dopt=AbstractPlus

 

本当の食育とは、冷凍食品や加工食品などに対して過剰に反応する以前に、食品と食の安全についておとなが理解を深め、安全で健康な食とはどういうものかを徹底的に議論し、あるべきカタチを結論付けるところから始まるはずです。

 

その上で、その国の文化や風習を継承しつつ、フードロスを減らすための努力も惜しまない。

化学物質を排除するだけでは、食の安全も食文化の継承も守ることはできません。

 

さらに、初等教育において、ルールを守らないのは「悪いこと」とする以前に、そのルールが本当に正しく公平なものなのかを、自らが検証する必要もあります。

 

少なくとも私はこの実習を通して、幼稚園の先生になるという選択肢をなくしました。

もし、私が結婚して子供が産まれたら、保育園や幼稚園は事前に良く調べ、食育なんかよりも子どものことを第一に考えてくれる、まっとうな方針を持つ施設を選びたいと思います。

 

しかし、ある意味有意義な実習ではありました(笑)

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